■強大化する中国と、どう向き合うか
平素より、私・前原誠司の政治活動に多大なご理解とご協力を頂き、心より御礼申し上げます。2019年は平成最後の年となります。今上天皇のご退位、皇太子殿下のご即位に伴い年号が変わりますが、皆様にとって素晴らしい一年となりますように心よりお祈り申し上げます。
2018年は災害の多い年でした。西日本豪雨、大阪北部を震源とする地震、暴風によって甚大な被害が出た台風21号、ブラックアウトを招いた北海道胆振地震、台風24号、25号、そして夏の猛暑など。犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げ、被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。我が選挙区においては特に、台風21号の暴風による倒木被害は未だに解決しておらず、引き続き取り組みを行ってまいります。
世界においても、2018年は色々な変化があった年でした。6月12日にはシンガポールにおいて歴史的な米朝首脳会談が行われ、トランプ・金正恩両首脳は共同文書に署名し、金正恩氏は朝鮮半島の完全非核化を約束しました。「完全に検証可能で不可逆的な非核化が書かれていない」「非核化の具体的な期限やプロセスが決められておらず、実現は不透明」などの意見はあろうかと思います。しかし、ともすれば軍事衝突に近づきつつあった両国の首脳が直に会い、完全な非核化に向けて実務レベルでの議論が始まること自体、好ましい局面転換であったのではないでしょうか。しかし、単なる政治ショーに終わらせてはなりません。これからが極めて大切なのは言うまでもありません。
私が最も注目しているのは、アメリカと中国の関係です。もはや貿易摩擦、経済摩擦を超えた「覇権争い」と考えるべきでしょう。アメリカのペンス副大統領は10月4日に行った演説の中で、中国を甘やかす時代は「もう終わった」と述べ、厳しく対抗していく路線を示しました。これはペンス副大統領の個人的な意見ではなく、ホワイトハウスや国務省、国防総省を交えて入念に検討され、作られた演説だと言われています。しかも、野党・民主党や経済界もペンス副大統領の演説の趣旨を支持しており、今後、誰が大統領になろうと対中強硬路線は変わらないと考えるべきでしょう。
中国政治の中枢である中南海で練り上げられた国家戦略は「中華民族の偉大な復興」、つまり19世紀以前に世界の超大国であった中華帝国の復活です(1820年に清国の国内総生産は世界の約36%、現在のアメリカの国内総生産は世界の約24%)。それが、習近平国家主席の言う「中国の梦(ゆめ)」に他なりません。そして、「一つの山に二匹の虎はいない」(アジアという山から日本やインドなどのライバルを排除し、さらに世界の山から米国を排除する)、あるいは「我に順う者は昌え、我に逆する者は亡びる」(世界秩序を中国の覇権下で再構成する)といった考えを基に、中国共産党は軍事及び経済覇権を世界に拡大しようと考えています。中国の指導者は「覇権」を目指さないと言っていますが、それは言葉遣いの問題であって、目標は明確です。
私は中国を敵視したり、対峙したり、封じ込めたりすべきだとは考えていません。そんなことはすべきではないし、出来るはずもありません。強大化する中国は、ある面、日本や他国にとってチャンスでもあります。「WIN WIN」の関係をどのように構築するか。中国の国家戦略を理解した上で、日本の主権や領土を守り、法の支配や民主主義、自由貿易といった第二次世界大戦後に築かれた世界秩序をどのように守り発展させていくか。中国のみならず他国からも「日本は侮れない」、「日本の意見にも耳を傾けなければならない」と思われるように、日本は自らの足元を「国家百年の計」という視点に立って固めなければなりません。
1978年12月、鄧小平氏が主導する「改革・開放」政策に舵を切ってから、ちょうど40年の節目を迎えました。この40年でGDPと貿易量は約200倍となり、経済発展の恩恵を受けて国防費は公表ベースで約60倍となりました(図1)。
中国の国防費は地方予算や他の非軍事予算にも含まれていると言われ、実際には公表数字の1・25〜2倍程度あるのではないかとの指摘もあります。しかも国防費は、年率約8%台の伸びを続けており、陸海空の軍事力のみならず核やミサイル、宇宙やサイバーなどの分野でも世界屈指の軍事強国となっており、その取り組みに緩みはありません。
中国の経済権益を拡大するため、習近平国家主席は2013年に「一帯一路」構想を打ち上げました。この構想を資金面で支える「シルクロード資金」が翌年に設立され、2015年にはアジアインフラ投資銀行(AIIB)が中国主導の下で設立されました。これらも活用して、中国はインフラ建設、途上国支援を進め、自国の影響が及ぶエリアを拡大しています。第二次世界大戦後、アメリカが戦争で疲弊したヨーロッパの国々が共産化されることを防ぐために「マーシャルプラン」などを行いましたが、「一帯一路」を現代版「マーシャルプラン」と見る向きもあります。スリランカやジブチのように、中国資金で作られた港湾が中国の軍事に利用される事例も散見されます。「海のシルクロード」は、経済権益の拡大のみならず、軍事拠点確保にも繋がっているのです。
南シナ海と東シナ海をまずは自らの内海とし、太平洋やインド洋進出の足掛かりにする。これは中国国防戦略の柱の一つです(図2)。
南シナ海では、他国と係争中である岩礁にも構築物や滑走路を建設し、7個の人工島を造って既成事実化を進めています。2016年7月、フィリピンの提訴によってオランダのハーグにある常設仲裁裁判所は、中国が主張する「島」を「岩礁」と一蹴しましたが、中国は無視を決め込んでいます。まさに、力による現状変更であり、南シナ海は現実に「中国の赤い舌」と化しつつあります。
東シナ海も、同様の戦略と考えるべきです。中国海警局による尖閣諸島に対するアプローチは確実に増えていますが、その海警局が、今回の全人代では中国軍を統括する中央軍事委員会の直轄組織である人民武装警察部隊(武警)に編入されました。日本は警察機関である海上保安庁が対応していますが、今後はより複雑で難しいものになると覚悟しなければなりません。
1879年7月、日本国政府による「処分」によって琉球王国は沖縄県として日本に編入されました。米軍基地が沖縄に集中していることもあり、沖縄には独立論が燻っています。それを支持するかのような論調が中国の論壇には見受けられることも、注意深く留意すべきです。
国家戦略に基づいた「中国の強大化」は、軍事や経済権益の拡大のみにとどまりません。IoT(物のインターネット/Internet of Things)やAI(人工知能)といったハイテク分野においても、国家戦略を定めて取り組みを強化しています。中国は2015年に、製造業強化計画「中国製造2025」を公表しました。次世代情報技術、ハイエンドNC工作機械およびロボット、省エネルギー・新エネルギー自動車、航空・宇宙、新素材などを10の重点強化産業に定め、3段階で、建国100年の2049年までに世界トップレベルに君臨することを目指しています(図3)。
中国が「製造2025」を推進しようとする背景には、ハイテク分野の基幹技術がいまだ日米欧に押さえられているという基本認識があります。米調査会社クラリベイト・アナリティクスの「2017年世界イノベーション有力企業トップ100社」に、アメリカはアップル社など36社、日本はトヨタ自動車など39社が選ばれましたが、中国から選ばれたのは通信機器の華為技術(ファーウェイ)1社のみでした(図4)。
自動車や航空、半導体などの分野で後れをとってきた中国が、AIやドローン、キャッシュレス決済、ビッグデータ、クラウドなど「ニューエコノミー」と呼ばれる分野で技術力を高め、5G(第5世代高速移動通信システム)と相乗効果を発揮させることによって、ハイテク分野での覇権争いを勝ち抜こうとしています。
今の繁栄の礎を築いたのは、1978年12月に「改革・開放」へと舵を切った鄧小平の英断でした。ゴルバチョフ氏が「ペレストロイカ」(改革)、「グラスノスチ」(情報公開)を先行させて旧ソ連邦が崩壊したことを反面教師として、中国共産党一党独裁体制は堅持した上で政治的な自由は認めず、他方で深圳など限られたエリアを「経済特区」に指定し、外資を導入し、目覚ましい発展の土台を作りました。人口約3万人に過ぎなかった深圳は、今や人口は約1400万人。北京、上海、広州と並んで「中国4大都市」の一つに数えられ、その中で最も高い経済成長率約8・8%を誇ります。ファーウェイ(通信機器)、テンセント(インターネットサービス)、BYD(電気自動車)、BJI(ドローン)といった世界屈指の企業が拠点を置き、アメリカのシリコンバレーと並び称され、多くの優秀な人材が世界中から集まる成長拠点となっています。人材育成、スタートアップ支援も、中国は極めて積極的です。
昨年のゴールデンウィークに深圳の前海地区を訪れましたが、起業家支援のために資金、住宅、ラボなど、様々なインキュベーター機能を充実させていました。国家を挙げての取り組みの結果、創業10年未満で非上場、企業評価額が10億ドル以上の、所謂「ユニコーン企業」数はアメリカに次いで世界2位。アメリカが134社で、中国は83社。この約3年間で60社以上も増えました(図5)。
残念ながら日本は、メルカリが上場したので、今やたった1社しかありません。日本もしっかりと財源を確保したうえで、様々な先端分野を担う人材育成にもっと力を入れていかなければ、米中との国力の差はさらに広がるばかりです。
アメリカは、このような中国の取り組みに対して警戒感を強めています。中国は基幹技術の国産化比率を上げるため、アメリカなどの企業に技術供与を強要し、更には政府の投資ファンドによる補助金も投入して、公正な競争をゆがめているとアメリカは批判を強めています。また、全米商工会議所の報告書では、中国のIC(集積回路)や暗号化システムなど情報通信のインフラについて、「外国技術から自国技術へと置き換える政策」とし、「多くの国際的なテクノロジー企業から、世界的に例を見ない技術窃盗の青写真と考えられている」と批判しています。現に、2014年5月、米司法省は中国軍の当局者5人を「米大手企業をサイバー攻撃し、企業機密を盗んだ」として起訴しました。アメリカが被っている知的侵害の損害は、年間約20兆円〜60兆円という試算もあります。
トランプ政権は、中国が巨額の対米貿易黒字(3750億ドル強)を抱えていることだけを問題視しているのではありません。知的財産の侵害、不公正な競争、ひいてはそれが軍事面での劣勢につながりかねないとして制裁関税をかけ、産業政策自体、つまり「中国製造2025」の撤回を狙っているのです。米ランド研究所のティモシー・ヒース上級研究員は、こう指摘します。「AIやバイオテクノロジーのような最先端技術で、中国がアメリカに先んじることに成功すれば、経済面で優位に立つだけではなく、米軍を破壊的な危機にさらすことが可能になる」。
2018年4月、イランと北朝鮮に対する禁輸措置に違反したとして、トランプ政権は中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)に米企業が部品を輸出することを禁止しました。米企業に中核部品を依存していたZTEはスマートフォン販売を中止し、経営危機まで囁かれましたが、結局、14億ドルの罰金や経営陣の刷新で折り合い、制裁は解除されました。
ZTEとファーウェイは次世代移動通信「5G」の中核企業であり、「中国製造2025」を達成するためには必要不可欠な企業です。2社の通信網設備が世界で占めるシェアは、2011年は15%でしたが、2016年には4割超に拡大し、「5G」が本格普及するとされる2023年には50%を超えると予測されています。自ら敷設した通信網から情報を抜き取るのは簡単です。だからこそ、この2社の製品は米議会で安全保障上のリスクがあると見做されています。製品を通じて、情報が中国に筒抜けになるとの疑念を持たれているのです。現在、この2社のスマホは米軍基地での販売が禁じられています。さらにオーストラリアは、まもなく移行する5Gシステムに、ZTEとファーウェイの参入を禁じる決定を行いました。今の第4世代(4G)では5割超の通信設備にファーウェイを採用しているにもかかわらずです。日本も他人事ではありません。サイバースパイの脅威に、どう対応するか。日本の戦略が問われています。
■トランプ米大統領の不確実性
中国は、民主主義国家ではありません。中国共産党一党独裁を堅持し、資金も人力も総動員し、国家戦略を定めた上でスピード感を持って目的を達成しようとします。まさに「国家資本主義」です。民主主義国家のように、方針の決定に時間はかかりません。ましてやトランプ政権が、前政権のレガシー、例えばオバマケア、イランとの核合意、TPP協定、パリ協定などを悉くひっくり返して一からやり直すような「スクラップ&ビルド」もありません。その中国から、アメリカのみならず日本を含めた世界が、「米ソ冷戦終結以降、民主主義が勝利したと思われてきたが、果たしてそうだろうか?」「決定が早く、短期間で果実を得られ、国民を豊かにできる一党独裁体制の方が、今や有用な社会モデルではないか?」という「挑戦状」を叩きつけられているのです。
トランプ政権の厄介なところは、中国のみをターゲットにして追加関税を課すのではなく、日本や韓国、ドイツ、カナダ、メキシコなどにも貿易赤字を理由に、鉄鋼・アルミニウム高関税適用にみられるように、強硬な要求をしてくることです(図6)。
トランプ大統領の矛先は、同盟国だからといって鈍ることはありません。日本に対しても自動車分野などをターゲットに定め、米国車の輸入を増やさなければ、更に高関税を課してくる可能性があります。
しかも、彼の不確実性は、その目標を達成するためには安全保障ともリンクさせ、「ディール」を迫る可能性を捨てきれないことです。トランプ大統領は、米朝会談後の記者会見で「非核化の費用は日本と韓国に払ってもらう」と言い放ちました。米朝会談において、日本からの強い要望で拉致問題に言及したのだから、それくらいは当然だとトランプ大統領なら考えていても不思議ではありません。
日本は「吉田ドクトリン」以来、日米同盟関係に基づき、自国の安全保障をかなりの分野でアメリカに依存してきました。それは、核を含めた抑止力、攻撃された場合に反撃する敵地攻撃能力、情報収集、装備などです。日米同盟が、かつては「瓶のふた」との認識がアメリカにはありました。つまり、日本が軍事大国にならないために「アメリカが瓶のふたとなり」、日本を押さえつけるという考えです。今や、このような考えは聞かなくなったばかりか、むしろ「日本は防衛力を強化すべきだ」「防衛予算を増やすべきだ」「核を独自で持つことも考えるべきだ」などの声が聞こえてきます。「アメリカ第一主義」は、トランプ大統領の専売特許ではないことを認識すべきです。
■日本の取るべき進路
中国の影響力が軍事、経済、ハイテク各分野でますます大きくなり、他方、アメリカは「自国第一主義」を掲げて世界での影響力を低下させる傾向にあります。日本はどうすべきでしょうか。基本的に「自分の国は自分で守る」という原点に戻るしかありません。吉田茂元首相が「吉田ドクトリン」を掲げた時は、苦渋の選択でした。第二次世界大戦に敗北し、日本は焼け野原になり、国民を飢えさせないために経済再建を最優先させなければなりませんでした。かたや「ドミノ理論」と称されていた、ソ連による共産主義化も防がなくてはならなかったのです。アメリカと同盟関係を結び、日本を守ってもらう必要があると考えたのです。
私は賢明な選択だったと考えます。だからと言って、経済復興を果たした後も、日本の安全保障をアメリカに依存し続けるべきだと考えていたかというと、そうではありません。「吉田ドクトリン」は、あくまでも過渡期の考え方であって、「自分の国は自分の国で守る」という本来あるべき考え方に、後世の人たちは立ち返るべきだと吉田茂元総理は考えていたと、我が恩師・高坂正堯先生は著書で残しています。
1951年に結ばれた日米安保条約が1960年に改定されてから約60年が経過しました。その間、日本はアメリカへの依存を深め、役割分担も進んでいきました。日本が力の空白にならず、主権と領土を守り続け、「自分の国は自分で守る」体制にたどり着くには、同様に数十年かかるという現実的な認識を持たなければなりません。一朝一夕に、「自分の国は自分で守る」体制が出来上がるわけではないのです。アメリカを侮ってはなりません。彼らはボランティアで日米同盟関係を結んでいるのではありません。当面、日米同盟関係を堅持し、強大化する中国と向き合い、アメリカがさらに「引き籠る」リスクに対応できる日本の態勢を整えていかなければなりません。
民主党政権時に、「準天頂衛星7基体制」と「武器輸出三原則を見直し、共同開発・共同生産を可能にする」との決定を私は主導しましたが、これは「自分の国は自分で守る」一つのステップだと考えていました。自ら測位情報を手に入れることができる。共同開発・共同生産を可能にして、日本の防衛産業の基盤衰退を食い止める。このような取り組みを「アメリカに抱きつき」ながら、つまり日米同盟関係を維持しながら、日本の防衛基盤を強化する取り組みを行っていかなければなりません。現時点で、日本が核を保有すべきだとは思いません。むしろ、日本は制空権・制海権を維持・強化し、情報収集能力を高め、自ら防衛装備を作り出せる基盤を強化する取り組みを優先させるべきだと考えます。防衛大綱の見直しと、それに伴う中期防衛力整備計画の見直しは、以上のような大局に立って行われるべきです。
日本は財政制約という壁を越えられないことが、様々な分野での競争力低下を招いてきました。人材育成、次世代産業力強化、そして自国防衛。それだけではありません。以前から指摘し続けているように、財政制約が人口減少社会を助長し、日本国民の生活力低下、格差の拡大、地方の疲弊、国際競争力の低下をも生んできたのです。
「All for All」。「みんながみんなのために」。「みんなの税でみんなの課題を解決する」。国民負担率の見直しから政治家が逃げず、「国家百年の計」に立って、あらゆる競争力の低下、あらゆる構造問題の深刻化、あらゆる国民の不安に答えを出すかが今、私たち政治家に問われています。使命感を持って、「All for All社会」実現のために邁進してまいります。「全ては国家国民のために」。今後とも変わらぬご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します。