毎日新聞「政治プレミア・前原誠司の直球曲球」(2018年8月9日)より
「『アベノミクスは限界』―オール・フォー・オールとは」
アベノミクスだけではなく、自民党の社会モデル自体が限界に来ている。
高度成長期には、企業がもうかり、賃金が上がる。「小さな政府」のもとで、国民の手元にはお金が残る。国民は必要なサービスを自分で買い、貯蓄する。貯蓄は、郵便貯金なら財政投融資でインフラ整備に回り、民間金融機関なら企業融資に回って設備投資にいく。いずれも経済成長につながり、好循環が続く。
これが成長を前提とした自民党の戦後モデルだった。ところが、日本はとうの昔に成長しない社会になっているにもかかわらず、自民党はいまだにこのモデルに固執している。アベノミクスというのは、この自民党モデルの最後のあだ花だ。
■実質賃金があがらない
第2次安倍内閣発足以降の5年間で企業収益は64%伸びているが、名目賃金は3%しか上がっておらず、物価上昇率を差し引いた実質ではマイナスになる。
世界経済が好調な時に、これだけ金融緩和と財政出動をしてもなかなか成長せず、賃金が上がらない。
結婚したくてもできない若い人が増え、結婚しても希望するだけの子どもを持てない。アベノミクスが社会モデルとして成り立たないことは明らかだ。
安倍晋三首相は否定するが、アベノミクスは結局は(富める者が富めば富が滴り落ちるという)「トリクルダウン」の政策だ。企業や金持ちを先に富ませる「先富論」だ。
しかも実際は、トリクルダウンさえせず、賃金が上がらない。なぜそうなるか。
■物価上昇が自己目的化
2014年10月の追加緩和の際に、日銀の政策審議委員の一人と電話で話をした。追加緩和の理由として、「原油価格が下落して2%の物価上昇目標の達成が難しくなってきた」と説明された。
これが典型的なアベノミクスの考え方だ。原発が再稼働せず、車に乗る人も多いなか、原油価格の下落は国民にとっては数兆円の減税効果をもたらす意味がある。ところが、デフレ脱却のためだと言って、追加緩和をして円安にして輸入物価を上げる。本末転倒だ。
物価上昇が自己目的化している。円安で輸入物価が上がり、実質賃金が下落すれば、企業と金持ちがもうかって、一般の国民は疲弊する。
■一般国民から企業に「所得移転」
要するに、一般国民から金持ちや企業に「所得移転」させる効果をアベノミクスは持っている。
金利を下げるということは借金を抱える国にとっては良いが、その借金を支える金融資産を持っている国民が損をするということでもある。国民の利息が減っている分、国が助かっているわけで、国民から国への所得移転が行われている。
このようにアベノミクスは、富を国民から国家へ、国民から企業や金持ちへ移している。だから一般国民は疲弊して、消費が伸びない。構造的な問題で、アベノミクスの限界そのものだ。
しかも、アベノミクスには持続可能性がない。
これだけ国の借金があるのになぜ、安定しているかという理由はいくつかある。対外債務が多い。国債の9割が国内消化されている。しかし、その国内消化の約半分は日銀が買って、事実上の財政ファイナンスをしている。
こうした虚構に乗っているのがアベノミクスで、こんなことがいつまでも続くはずがない。
■新しい社会モデルが必要
さらにアベノミクスは社会に分断を生む。無理やり円安にして、資産価値を高くする政策によって、企業と金持ちをもうけさせ、持たざる者と持つ者の格差を拡大する。
では自民党のモデルに代わる新たな社会モデルはなにか。それが私が井手英策慶大教授と3年以上勉強会を重ねてたどりついた、「オール・フォー・オール(All for All)」という考え方だ。
国民負担率を上げると同時に再分配政策を増やし、国民の不安を解消する。みんなが負担し、みんなが受益する。次回はその考え方について詳しく説明したい。
<出典:毎日新聞「政治プレミア」http://mainichi.jp/premier/politics/>